【第2話】「キツイ練習をしないと勝てない」

【第1話】世界で一つだけのバスケゴール
【第2話】「キツイ練習をしないと勝てない」←今ココ
【第3話】椎間板ヘルニアとスパーズの「美」
【第4話】プロの世界と変人師匠
【最終話】NBAで凄いのはダンクだけ!?

 

 

 

受験勉強をがんばって、なんとか高校に進学。

 

僕が進学した高校は、普通の地元の高校だったので、

「バスケをするために、この高校を選びました」というバスケットマンが集まるわけではなくて、

ただ普通に、中学でもバスケをやってきたし好きだから高校でもやりたいなぁと思う人が集まる学校でした。

 

地元では進学校だったので、

勉強のために入る人も多くいました。

 

そんなバスケ的には普通の高校です。

 

 

そんなこんなで始まった高校生活ですが、

 

僕は、中学の時以上に、

「バスケをするために学校に行く」

という生活になりました。

 

 

とにかく、バスケが上手くなりたかった。

 

どのくらい上手くなりたかったのか?

というと、「NBA選手くらい」です。

 

僕はNBAを見始めてからずっと、

自分の目標は「NBA選手」でした。

 

それは、「NBAに行くことが目標」というよりは、

「NBA選手くらいバスケが上手くなることが目標」

という感じでした。

 

NBA選手を見るたびに、

「NBA選手くらいシュートが入ったら、絶対バスケ楽しいだろうなぁ」

「NBA選手くらい1対1が上手くなったら、絶対バスケ楽しいだろうなぁ」

と思っていました。

 

とにかく、バスケが上手くなりたかったんです。

 

なんで?と聞かれても、

「だって、NBA選手くらい上手くなったら絶対楽しいでしょ!」

としか答えられないくらい、

僕の中で理由は一つだけでした。

 

 

「とにかくNBA選手みたいに上手くなりたい」

 

ただ、そこだけを目指して、

ひたすら練習をしまくりました。

 

 

どのくらい練習をしたのか?というと、

・必ず毎朝5時半に起きて始発で体育館に行く

・どんなに寒くても絶対に朝5時半には起きる(早起きの話二度目)

・昼休みに早弁をして体育館に行く(マイカンドリルとかやってました)

・授業中は握力を高めるために机の下でグーパーをしたらいいんじゃないかと閃く(←続かなかった)

・授業中は部活のランメニューを走り切っている自分をイメトレしながら睡眠学習(←古典の授業はほぼ寝てました)

・「強豪と比べたら練習時間が短いんだから通学中もトレーニングしないと勝てない」という理由から全チャ(「通学全部を自転車」の略)

・自転車を漕ぐときは足腰を鍛えるために立ち漕ぎをしないでがんばってペダルを漕ぐ(←中学の時は爪先立ちで登校とかしてました)

という感じでした。

 

もちろん、どれも実話です。

 

当然実話なんですけど、

今自分で振り返ってみても、

「よくこんなことやれたなぁ」

って思えるくらいなことばかりです。

 

バスケの練習に関しては、決して自慢ではないですが、

「一秒たりとも手を抜いたことがない」と言い切れるくらい、

走るメニューも、筋トレも、シューティングも、ドリブルも、ディフェンスも、

全ての練習を文字通り「全力」でやっていました。

 

僕はとにかく勝ちたかったし、上手くなりたかったので、

チームメイトたちにも自分と同じくらいの強度を求めていました。

 

「自分ができるんだから誰でもできるはずだ」

という気持ちもあったし、その時の僕は、

「とにかく、厳しい練習をしないと勝てないんだ」

という意識が凄く強かったので、

キャプテンとして、かなり厳しく練習をしていました。

 

先生に言われたわけではなくて、

自分たちで厳しくしていたのですが、

それでも、みんな付いてきてくれたので、

本当にいいメンバーに恵まれていたなと思います。

 

 

僕が「勝つためには厳し練習をしないといけない」と思うようになったのは、

地元の強いチームのバスケを見てからでした。

 

僕の地区には全国区の高校があって、地区大会で対戦することがあったのですが、

その競合に進んだ中学の知り合いから話を聞いたり、そこに進学した兄ちゃんの練習量を聞いていると、

自分たちの練習の時間も質も、圧倒的に低いことがわかりました。

 

 

「強いチームがあれだけやっているのに、自分たちがこんな練習をしていたら勝てるわけがない。

身長も体格も実績も上手さも負けてるんだから、せめて、練習の厳しさを上げていかないとダメだ」

 

そう思ったキャプテンの僕は、とにかく厳しい練習を取り入れました。

 

 

走る練習の強度を上げて、

ディフェンスフットワークをたくさんやり、

とにかく、「キツイ」と思える練習を増やしました。

 

「楽をして勝てるわけがない」

そう、本気で思っていました。

 

当然、練習中に笑顔はなくて、

「こんなところで満足していたら勝てない」

という気持ちで、どんなプレーをしても満足することなく、

「まだまだだ。まだまだだ」と呪文のように唱えながら練習をしていました。

 

地元の強豪校が

「オールコートのプレッシャーディフェンスからの速攻」

を売りにしているチームだったこともあり、

同じことをしたら強くなれると思っていたので、

同じようなバスケを目指して練習メニューを考えました。

 

とにかく、毎日毎日、

「練習の厳しさ」を求めて。

 

 

今、振り返っても、

「もうあの時しかできないだろうな」

と思えるくらい、全力で練習をしました。

 

それは、きっと、チームメイトのみんなも同じ気持ちだったと思います。

 

みんなで、一つの勝利を目指して、

それぞれが自分の全力を毎回の練習で出し切り、

「もうこれ以上無理!」と本気で言えるくらい、

「人生でもあんなに全力で自分に負けずにやれた時期はない」と思えるくらい、

みんなで練習を本気でやりました。

 

もちろん、それだけ厳しかったので、

練習前は「今日も練習かぁ」という気持ちはありました。

 

キャプテンの僕ですら、

毎日のランメニューがきつすぎて、

練習前は、かなり気合を入れないといけなかったくらいなので、

他のチームメイトたちは、それはそれは地獄だったことでしょう。

 

実際、「練習が楽しみ」という人はほぼいなかったと思います。

 

ほとんどのチームメイトが

「今日も練習かぁ(ランメニューあるのかぁ)」

って感じだったのは、誰が見てもわかることでした。

 

それくらい本当に厳しい練習をしていたなと思います。

 

 

だからこそ、僕らは

「自分たちがやってきたこと」に対して、

絶対的な自信を持っていました。

 

それぞれの全力で毎日の練習、ランメニューをやりきりました。

シューティングも、練習前に五分でも空いていたら二人組でやりました。

どんなに寒くて眠くても、絶対に始発で行くと決めたからには五時半に起きました。

朝の五時前に起きて、お弁当と練習後に食べる用のおにぎりを作ってくれた母親には感謝の気持ちしかありません。

 

 

だから、僕らは最後の大会で底力を出せたんです。

 

負けたら引退という最後の大会で、

僕らのチームは一回戦から苦戦しました。

 

僕らは地区大会はベスト4には入れていたし、目標は県大会でベスト4に入ることだったので、

地区大会の1回戦で負けられなかったのですが、一時、20点近くの差をつけられてしまったんです。

 

相手も引退がかかった試合なので負けられない。

 

だから、20点の差はかなり大きな差でした。

 

 

でも、僕らは僕らで、

負けられない理由がありました。

 

「あれだけ、練習をしてきたんだから」

「あんなにきつい練習をしてきたんだから」

そして、僕の頭をよぎったのは、

「ここで負けたら、あんなに朝早く起きて、

お弁当を作っておにぎりを作ってくれた母さんに合わせる顔がない」

ということでした。

 

なんだか、文章にすると、ドラマのワンシーンのようなセリフですが、

これ、本当に僕がこの時に思ったことです。

 

負けられない、と本気で思えました。

 

 

 

そして、僕らは逆転して勝ちました。

 

走り込みをしてきたから、

キツイ練習を乗り越えてきたから、

一人ひとりが自分に負けずに自主練をしてきたから、

逆転できたとチームのみんなが思えた試合でした。

 

相手ももちろん、懸けてきたものがありましたが、

僕らは僕らで懸けてきたものがあり、お互いにそれだけ本気でバスケに向かえていたからこそ、

あれだけ、良い試合が熱い試合ができたのだと思います。

 

相手チームには中学校の頃からの知り合いもいて、

試合後に、気持ちのいい握手ができたのも、お互いに全力だったから。

 

本気で部活に向かえたからこそ得られたものでした。

 

 

ただ、僕らのチームは目標を達成することはできませんでした。

 

やっぱり、強豪校の壁を超えることはできず、

選手をリクルートしていて、自分たちよりも練習時間も多く、

練習環境も良く、練習の質ももちろん高く、

身長も、体格も、身体能力も、技術も、経験も、

全てが強豪校は上で勝つことはとても難しかったです。

 

負けた後は、

「とにかく、やれるだけのことはやった」

という達成感をチームメイトと感じながら、

 

でも、こんな気持ちにもなりました。

 

「もうこれ以上できないと思えるくらい練習をしてきたのに勝てなかった。高校の部活以上に、これから先、練習ができるわけがないから、もうこれ以上、バスケが上手くなれることはないだろうな。こんだけ練習をしてきても上手くなれなかった、勝てなかったってことは、自分にはバスケのセンスがないのかな。もうバスケを辞めて新しいことでも始めようかな」

 

 

 

それくらい、僕は、

自分がこれ以上できないと思えるほど自主練をして、

言葉の通り、全力で練習をしてきたということだけは、

自分に嘘をつくことはできませんでした。

 

そこだけは自分の中で自信を持って言えることです。

 

 

だからこそ、最後の試合で勝てなかったことを受け入れるには、

「自分にはバスケのセンスがなかったんだな」という理由しか出てきませんでした。

 

きっと、相手チームの選手よりも、

自分の方が自主練を本気でやってきたし、

四六時中、それこそ、授業中も家にいる時も、

バスケのことだけを考えて生活をしてきたはずだから。

 

相手の方が練習をしていたかもしれませんし、そこはわかりません。

 

ただ、自分も負けないくらい

練習をしてきたことは確実だと

根拠はないですが、思えるくらいやりきった。

 

だから、僕はバスケを辞めようと思えました。

 

それだけやったのに、

これだけしか上手くなれなかったから。

勝てないと思えるような相手と対戦したから。

 

練習時間とバスケの上手さは比例すると思っていたから。

 

 

そして、僕はNBAが好きすぎるがゆえに、

「バスケを楽しむ上で最も大切なことの一つ」

を忘れてしまっていたのです。

 

それは、「成長する楽しさ」です。

 

 

NBAを見るようになってから、

特に、中学生になってNBA選手の練習動画やハイライト動画を見るようになってから、

「完璧(NBA選手のハイライト)」と「自分」

を比べるようになったのです。

 

憧れを持つこと、

目標を高く持つことは、

もちろん、悪いことではないですが、

 

でも、この頃の僕は、

自分とは体格も身体能力も環境も

全てが違うNBA選手の、しかも、スーパープレー集を追いかけていたので、

絶対に届かない「完璧」を追いかけてプレーしていました。

 

その結果、僕は成長する楽しさを忘れていました。

 

僕は、毎練習で、毎試合で、

「自分がどれだけNBA選手(のハイライト動画)に近づけているか?」

を気にしていました。

 

途方もなく遠くにあるNBA選手の

しかも、良いところ取りをした最高作品を目指すことは、

昨日よりも自分が上達できたところを見えなくさせてしまいました。

 

この意識が向上心に繋がったことは確かです。

 

なので、こう考えていたことは、

この時の僕には必要だったんだろうなと、

今振り返ると思います。

 

 

でも、この時の僕は、

「NBA」という枠組みも、

「バスケットボール」という枠組みも、

本当に狭いものだったのだと、後から気づかされます。

 

 

それが「NBA選手の凄さ」に気付いた時でした。

 

「これ以上ないくらい練習をしたけど、上手くなれなかったし、勝てなかった。

もうバスケを辞めようかな」

 

そう思っていた僕に、

新しい世界を見せてくれたのは、

やっぱり、NBA選手たちでした。

 

 

それは大学生になって半年以上が経った冬の話。

 

 

(続く)

 

【第3話】椎間板ヘルニアとスパーズの「美」

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