【第2話】「キツイ練習をしないと勝てない」

【第1話】世界で一つだけのバスケゴール
【第2話】「キツイ練習をしないと勝てない」←今ココ
【第3話】椎間板ヘルニアとNBA選手の凄さ
【第4話】プロの世界と変人師匠
【最終話】理想の未来

 

 

遊びとして始まったバスケットボール。

 

時間も空腹も予定も忘れるくらい夢中になり、
純粋に目に前のボールを使って遊びながらバスケした小中学生時代。

 

 

そして、高校に入学。
高校でも生活の中心は、「部活動」
という青春を知らないバスケオタクでした。

 

 

・・・しかし、この頃、
僕の考え方は大きく変化していたのです。

 

「部活動は厳しくやらないとダメだ」
「笑顔で楽しくやってるよーじゃ勝てるわけない」
「キツイ練習を乗り越えることでしか上手くなれない」

 

いつの間にか僕の頭の中は、

「どれくらい厳しく練習をするか?」

で埋め尽くされていたのでした。

 

・・・

 

 

事例1

三年生の最後の大会が終わり、新チームになったときのこと。
新チームとしての目標やバスケのカラーを話し合うミーティングが開かれました。
僕らの高校では自主性が重視されていたので
監督はバスケの知識がある方でしたが、基本的に選手がメニューを作っていました。

 

キャプテン
「今年は、去年の先輩たちが達成できなかったところを目指していこうと思う。だから、その分、練習内容も変えて厳しい練習も増えていくと思うけど、みんなで成長して強くなっていこう!だから自主練の朝練もできるだけ参加するように!」

 

先輩Aさん
「えーっと、朝練なんだけど、勉強もしないといけないからなかなか参加できないと思うんだけど、…」

 

これを聞いた入学したての一年坊は
なぜかキャプテンを差し置いて手を挙げ、こんなことを言うのです。

 


「え、それはおかしくないですか?だってAさん、いつも練習前に漫画読んでますよね?そんな時間があるなら練習すればいいじゃないですか。そんな気持ちで勝ちたいなんて言う資格ないと思います。(怒)」

 

…驚き黙り込むAさん。

 

 

でも、一年生の発言に別の先輩は黙っていません。

 

これを聞いた先輩のBさん
「この学校は皆が部活をするために来てるわけじゃないんだぞ。家の事情もあるし、バスケが全てじゃないんだから練習を強制にするのはおかしい。勉強のために学校に来てるやつだっているんだぞ。」

 

 

僕はこのときの先輩の発言に対して、
「そんなんで勝てるわけないだろ…」
と心の中で呟いていました。

 

・・・

 

 

事例2
自分たちの代になってのこと。
僕たちの代は身長も低かったので、「走るチーム」を目指していました。

 

 

メニューを決めていた僕は、
「試合の一週間前だけ練習を軽くすればいい。それ以外はとにかく走って走り勝てるようにしないと。オールコートでディフェンスをし続けてスティールから速攻を狙おう。とにかくディフェンス練習と走ることだ。」
と思っていたのです。

 

すると、走る練習がキツすぎて、
その前の練習で全力を出せないチームメイトも出てきました。

 

チームメイトC
「さすがに走る練習多すぎると他の練習に集中できないというか、週6じゃなくて週3とかにして、走ること以外の練習に集中できるようにした方がいいんじゃない…?シュート練とかそういうのを…?(…というか、そうしてほしいなぁ…)」

 

僕は聞く耳を持たず、

 


「んー、でも、走れるようにならないと勝てないでしょ。」

 

チームメイトの意見はほとんど聞かず自分の殻に閉じこもっていたので、
チームメイトたちもだんだんと僕に対して何かを言うことができなくなっていきました。

 

僕は僕で、
「キャプテンは嫌われてもいい」
「その分、自分は誰よりも厳しく練習をしないと…」
と誰よりも厳しく、誰よりも上に立てるように、
必死に練習で「キツさ」を追求していったのです。

 

走る練習のときは、
「もっと走れるだろ!妥協するな!!」
とチームメイトに接していました。

 

「みんなが自分と同じだけ走れるようになれば…」
「みんなが自分と同じだけ自主練をすれば…」
「みんなが自分と同じだけ練習を頑張れれば…」

 

・・・

 

 

事例3
中学校の頃、恩師の平林さんは試合前に必ずミーティングを開いていました。

 

そこでいつも平林さんは得意の笑顔で、
「さーさぁ、やってきたね^^」
と楽しそうに作戦を話してくれました。

 

それは相手が強くなっても変わらず、
むしろ相手が強いほど平林さんは楽しそうにしていました。

 

僕らは試合前の平林さんの話が大好きで、
不安も怖さもなく、平林さんのようにワクワクしながら、
「早く試合がしたいなー!」とウズウズしていたのです。

 

 

しかし、高校生の僕は、試合前、
「練習でやってきたことをやれば勝てる…勝てる…絶対に勝てる…」
と自分に言い聞かせていました。

 

不思議なことに「勝てる(はずだ)」と思えば思うほど、
なぜか負けている自分が思い浮かんできて、なんとかそれを振りほどいていたのです。

 

「負けてはいけない」というプレッシャーを
高校生の僕は自分自身にかけ続けていました。

 

「大丈夫、あんなに練習をしてきたんだから…」
そうやって試合に臨んでいたので、
試合に勝っても得られた感情は、喜びというよりも”安心感”でした。

 

それは個人の練習でも同じ。

 

何か上手くいったこと良いプレーがあっても、
「こんなの当たり前だ。こんなところで満足していたら勝てない。(キリッ)」
と喜ばず、

 

チームメイトに対しても、
良いチームプレーをしたとしても、
「勝つためにはそんなところで満足してる暇はない。(キリッ)」
と成長したことや上手くいったことを共有することは減っていきました。

 

「喜んでいいのは自分たちの目標を達成したときだけだ!」
と。

 

 

・・・

 

 

 

別人みたい、ですよね。

 

つい一年くらい前のバスケ少年と比べたら。

 

 

 

「厳しさ」に反比例する形で
「楽しさ」が減っていったのです。

 

高校でも、小中学校の頃の
「時間も空腹も予定も忘れるくらい夢中になり、」
というところまでは、変わりませんでした。

 

相変わらずのバスケ大好き少年で、
毎日朝練、練習後にも自主練、家でもバスケの日々です。

 

 

でも、小中学校から大きく変わったのは、
「純粋に目に前のボールを使って遊びながらバスケをする」
という”純粋さ”と”遊び”の部分。

 

あんなに柔らかかった頭は硬くなり、
平林さんが教えてくれた楽しさは薄れていっていたのです。

 

 

どうしてこんなに価値観が変わったのか?

 

どうして僕の頭は「厳しさ」で埋め尽くされていたのか?

 

 

 

 

・・・それは、ほんの些細なことがきっかけでした。

 

 

僕の価値観を変えたのは、

「強いチーム=正しい」という勘違い

だったのです。

 

高校生になり、初めて「全国」を知りました。
全国大会の試合をDVDで見て僕は圧倒されたのです。

 

「なんだ、この速い展開は…!」

「凄いプレッシャーディフェンスだ…。」

 

パス&ランからの速攻。
激しいディフェンスからの速攻。

 

「強いチームはディフェンスが強くて走れるんだ」

 

当時の僕はそう思い、
全国というレベルに魅了されていました。

 

 

また同じ地区には全国区のチームがいました。
中学校のときは全国区のチームと対戦したことがなかったので、
バスケ人生で初めて全国に行くような強豪校と試合をしました。

 

そこで感じたのは、圧倒的な力の差。

 

40対120くらいでボコボコにされました。

 

 

一人ひとりの技術力の高さ。
40分間のオールコートプレス。
筋トレで鍛え上げられた大きな身体。
ボールを奪ったらすぐに速攻に繋げる速さ。

 

どれをとっても圧倒され、
僕の今までの価値観は大きく崩壊していきました。

 

「強いチームはあんなに走れるんだ。強いチームはあんなにディフェンスが激しいんだ。自分たちはあんなに個人技があるわけじゃないし身長も高いわけじゃない。才能があるわけじゃない。強いチームに勝つためには、もっともっと練習をしないと。もっともっと厳しく練習をしないと。楽しくやってる暇なんてない…!」

 

少しでも時間が空いていればシューティング。
休日は午前に練習をし午後は筋トレ、夕方体育館が空いたらまた自主練。
「自転車で学校まで行けば脚の力がつくはずだ!」と往復50分かけて通学。(←発想が謎だけど楽しかった)

 

 

全国という舞台が輝いて見えて、
自分たちも同じようなレベルを目指すようになっていたのです。

 

いや、目指そうというよりも、
”目指さなければいけない”ように感じていました。

 

 

でも、目標を達成できずチームは敗退。

 

「喜んでいいのは目標を達成したときだけだ」
と思っていた僕は、中学で平林さんから教わったことを忘れていたのです。

 

昨日の自分よりも少しでも上達する楽しさ。
工夫して試行錯誤してバスケを変えていく楽しさ。
対戦相手との駆け引きや勝負を楽しむ素直で純粋な心。

 

 

 

 

全国の舞台を知った高校生の僕は、
「自分たちよりも強いチームのバスケが正しい」
と思い込んでいました。

 

でも、僕のチームと全国区のチームは別のチーム。

 

練習時間、身長、体格、技術力、部員数、…が違うのに、
同じような練習をし同じようなバスケを目指したとしても、
それは「劣化版強豪校」になるだけで強くなれるとは限りません。

 

むしろ、環境が違うのに同じことをしても、
環境の差がそのまま実力の差として現れます。

 

 

そして、環境が違うのに同じことをすると、
過剰な期待が生まれて信頼関係が崩れていき、
練習量の厳しさだけが増していくのでした。

 

それは僕がキャプテンとして体感したことです。

 

 

高校バスケの引退試合後、
やりきったという達成感と一緒に
なんとも言えない無力感を感じていました。

 

「自分ができる限りのことはしてきた。これ以上無理だと思うくらい練習をしてきた。誰よりも手を抜かずに誰よりも厳しく練習をしてきた。でも、勝てなかった…。良いプレーも出来なかった…。これから先、今以上にバスケに時間を使えることはないだろうなたぶん。だから、もうこれ以上バスケが上手くなることなんて無理だ。よくやったよ…。」

 

 

 

視野が狭く、頭が固くなっていた高校時代。

 

強いチームが正しいという思い込みから、
厳しさだけが先行して忘れていったバスケの楽しさ。

 

勝つことを目指せば目指すほど、
見えなくなり遠ざかっていく勝利。

 

練習の量を増やせば増やすほど、
つきつけられる個人技術の差と環境の差。

 

強いチームの真似をすればするほど、
薄れていく一人ひとりの個性やチームのカラー。

 

 

 

この時ほど視野が狭いときはありません。

 

でも、
この時ほど体育館で自主練をしたこともないし、
この時ほど全力でバスケに打ち込んだこともありません。

 

その分、それだけ大きな達成感と悔しさを
個人としてもチームとしても感じられた時でした。

 

 

 

でも、だからといって、
これ以上バスケが上手くなれないのか?
というと、そうではなかったのです。

 

 

それは、高校バスケを引退して二年半が経つ頃。

 

中学校時代から見続けていたNBAから、
今までとは全く違った世界が見えるようになったのです。

 

(続く)

 

 

【第3話】椎間板ヘルニアとNBA選手の凄さ

 

 

PS.

高校時代のことを振り返ると、先輩やチームメイトたちに申し訳ない…という気持ちで一杯です。でも、この時の体験だったり後悔だったりは後々に繋がっていきます。それと高校時代のチームメイトたちとは今でも仲が良く、結婚式では全員が集まるし、当時の練習の話は笑い話に変わっています不思議なことに。そのことはまた後で話していきますね!

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