昨日は石川で【YAMATO】のミーティング。
師匠であり先輩の慎さん(武学籠球)と、親友でありプリンストンを教えてくれた鶴(賢者籠球)の3人で。
客観的にみて、僕ら3人は不思議な関係だと思います。
出会いは2017年。僕がコーチをしていた母校の大学生チームをきっかけに知り合ってから、バスケのことから人生のことまで、毎日なにかしらの連絡を取り合っています。
なのに3人で会ってミーティングするのは年に1回くらいしかない、3人でのご飯すら数えるくらいしかない、3人でお酒を飲んだのも昨年の12月が初。
それでも、それぞれが「志」をもって助け合い切磋琢磨しながら、常に同じ方向性に向かって進んできました。そして、昨年末、共に【和導】を立ち上げて今に至ります。
周りの人からはこう言われます。
「俺には君らの関係が理解できない」「なんで飲みとかリアルで会うのがこんなに少ないのに、そんな深いつながりになるの?」「普通、そんなに顔合わせできない状況で新しい事業を始めたらうまくいかないよ」などなど。
それに対しての僕らの回答は、決まってます。
「よく言われます。でも、僕らなら大丈夫なんです。笑」
単なる仲良しこよしの関係であれば、上手くいかないと思う。
でも僕らはそれぞれが「志」をもっている。
生きる目的、この一度限りの人生で何を成し遂げたいか、「時間」という資産をどう使いたいか。
そこが明確にあるから共に前に進めている。
あとはそれぞれが「フィードバック」を歓迎しているから、というのもある。良くないところや改善した方がいいことはちゃんと言葉にしてくれる、忖度はゼロだから切磋琢磨して共に成長していける。有難い関係。
それぞれの役割が明確で、見事にはまっているのも面白い。【大和籠球】と【武学籠球】と【賢者籠球】という、初見の人らからは「スピってる」とか「なんでわざわざ漢字?」「何それ」と思われそうな言葉たちです。
でも、綺麗事の空想ではなく、すべて、ちゃんとしたら実践から得られた理論や指導法を含んだひとつの体系です。
僕は【大和籠球】の発信者なのですが、なぜ大和籠球を発信するのか?という背景を一言でまとめるなら、
「和」を広げていきたいから、です。

「和」とは、みんなが同じになること(均一化)ではなく、その異なる個性や価値観を生かしながら一つに調和させること。
みんな違って、みんないい。
でも、みんながバラバラで自己中であったらチームは崩壊してしまう。大事なことは「志」をもち、「礼」を尽くして人と関わること。
これが、この日本という国が昔から大切にしてきた「和」の在り方です。
昨年末から僕らが新たに提唱した造語【和導】は、人間関係やチーム運営で「和」を導くための道です。
※古来から伝わる「武学(武術)」の礼や呼吸法を元にしています
「教育」「指導」の先にある、新しい関わり方。
情報が溢れる今の時代だからこそ、外側のノウハウに依存せず、自分自身の内側にある「礼と志」をベースに関わる相手と共に成長していく道です。
今回のミーティングでは、【YAMATO】のビジョンを決め、【和導】の仕組み化、【大和籠球】【武学籠球】【賢者籠球】を一つに繋げる新たな文化圏【YAMATO NATION】の構想をしました。
どれも「何それ?」「スポーツと何の関係あるの?」と思われそうなことですが、空想の話ではなく、これまでのリアルな体験から生まれたもの。
一つひとつ、形にして発信していきます。
スポーツを通じて、礼と志をもって自分らしい人生をつくっていける人を増やせるように。そんな社会をつくっていけるように、日々行動します。
「すべての人に和導を。」
この面白い人生に感謝です。

