プロの世界を目指す途中で出会った、ボールが爆弾な高校生。

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こんばんは、原田です。
 
今日は、最近自分が感じること、
「どうして情報発信をしているのか?」
っていうことを少し話したいと思います。
 
というのも、最近、
情報発信をテーマにした発信をしていて、
自分の情報発信を見直すようになったからです。
 
 
僕は、「新世界バスケットボール」という最初のコミュニティを開講する前まで、
プレイヤーとして、バスケのプロの世界に挑戦していました。
 
ブログ記事で知っている人もいるかもしれませんが、
今、自分にとっても一つの転機かなと思うので、
過去の話とこれからの話を繋げていこうと思います。
 
 
僕はもともと、
「NBA選手みたいにバスケがうまくなりたい!」
っていう誰もが思うであろう気持ちからバスケを始めて、
ずっと、それを目標にバスケをしてきました。
 
「全国大会に出場したい」っていう気持ちはなくて、
とにかく、常に目標にしていたのは「NBA選手のようなバスケ」でした。
 
それは、イコール、1対1が上手くなること。
 
 
中学高校の頃は、
「バスケが上手い人=NBA選手のように1対1が上手い人」
だと思っていたので、それを目指して練習をしてきました。
 
これはこれで間違っていないと思うし、
1対1はバスケの基本だと思っています。
 
 
ただ、
 
やっぱり、これだけでは限界があって、
「ボールを持っていないときの動きや戦術」
を学ばなかったので、1対1だけでは超えられない壁が出てきました。
 
 
特に、自分たちよりも強いチームと対戦するとき、
練習時間も練習強度も違う相手に力の差を見せ付けられて、
「個人の1対1の力だけでゲームを支配したい!」っていう気持ちが
あっけなく、崩されてしまったような感覚がありました。
 
それが高校の引退試合です。
 
それまで、できる限りの時間を部活に使って、
できる限り、自主練をしてきて「もう無理」って思えるほど、
自分の中では、練習をしてきたつもりでした。
 
 
でも、結果は目標に届かず。
 
「これだけ練習をしても無理なら、バスケは諦めようかな」
と思う自分がいました。
 
でも、やっぱり辞められずに、
大学でもバスケをすることになりました。
 
 
そして、大学ではヘルニアになったことをきっかけに、
「NBA選手の凄さ(ボールを持っていないときの動き)」
を知って、それから自分のバスケの世界が変わりました。
 
それから始めたのが情報発信です。
 
 
ただ、その後、自分の中に、
「プレイヤーとして上を目指していきたい」
という挑戦したい気持ちがあったので、
大学のバスケを引退した後、プロの世界を目指して、
トライアウトを受けて、運よく声をかけてもらって、
見習いというような立場でチームに関わらせてもらいました。
 
最近、その頃に関わっていた選手やスタッフの方の近況を知って、
「自分はあの頃からどれくらい成長したんだろう。何をしていたんだろう」
と振り返ったところ、今の情報発信に辿り着いたので、
今こうしてメルマガを書いています。
 
 
プロの世界は本当に素晴らしい場所でした。
 
スタッフの方も、選手の方も、みんなが
プロ意識を持ってバスケに向き合っていました。
 
自分にとって、本当に貴重な体験だったし、
「バスケが上手くなりたい」という気持ちがあった僕にとっては、
自分が目指していく場所だと思える魅力的な場所でした。
 
 
ただ、僕は今のような活動をしています。
 
それは、当然、実力がなかったからです。
 
実力があって、声がかかっていたら、
今頃、どこかでバスケをしていると思います。
 
 
それが一番大きな要因なのは言うまでもありませんが、
僕の中では、それと同じくらい、大きなきっかけがあって、
今のような活動をするようになりました。
 
中学高校と本当に部活だけの時間を使っていたし、
今でもバスケの情報を漁っていたり発信しているので、
たぶん、たとえプロになれる実力がなかったとしても、
実力がつくまで、何年間でも、挑戦し続けていると思います。
 
でも、それができなかったのは、
違った感情が自分の中にあったからでした。
 
 
たった三ヶ月の期間しか体験していないですが、
プロの世界というのは、激しい競争を勝ち取った選手たち、
チームをサポートするスタッフの方々、それを指揮するコーチの方が、
誇りと信念を持って、バスケットボールを楽しみながら高めている
という本当に素晴らしい場所でした。
 
それと同じくらい、ミニバスや部活も、
僕にとっては、本当に楽しい場所でした。
 
 
 
でも、当時、オフシーズンに、
プロ選手の人たちと一緒に、とある高校に行って練習試合をしたのですが、
自分が楽しんでいた部活の場が、ぜんぜん楽しそうではなかったのです。
 
その高校は、全国大会まで後一歩の高校でした。
 
なので、地区の中でも強いところだったし、
実際、選手たちの技術力も素晴らしかったです。
 
 
ただ、選手がミスをしたら、
指導者の人が試合中なのにベンチに呼びつけて、
プレーが止まっていないのに、怒鳴りつけていたのです。
 
 
僕は、この光景を見て、自分の気持ちが大きく変わりました。
 
当時の自分の立場からしたら、
相手のことなんて考えずにプレーに集中して、
少しでも上手くなれるように、時間を大切にすべきだったのですが、
相手の高校生のことが気になって、試合に集中できなかったのです。
 
マッチアップしている選手は、
あたかも、ボールが爆弾かのように、
ボールを持ったら、シュートも狙わずに、
パスを出すことを考え、時々、ベンチをチラ見する。
 
 
そこには、明らかに、
・自分の意思でプレーを選んでいる
・バスケットボールを楽しんでいる
という感情はありませんでした。
 
指導者の目を気にして、言われたとおりにプレーしていたのです。
 
 
当時一緒にプレーしていたプロの人も、
「なんで、日本の部活ってこーいうところが多いんだろうな」
と呟いていました。
 
強いけど、バスケを楽しめていない。
 
そういった部活を見てきたし、
ミニバスでもそういった場があるし、
強さに関係なく、バスケに関係なく、
今のスポーツ界にある課題なのだと感じます。
 
 
この頃、既に情報発信をしていましたが、
選手のプレーにストレスを感じている指導者、
指導者の目を気にしてプレーしている高校生を見て、
 
「情報発信を通して、こういった場を減らしていきたい」
 
と明確に思うようになりました。
 
 
指導者の方が悪いのではなくて、
学ぶ場がないことが問題なのだと。
 
そう思えたのは、
僕が中学高校のときに、知識を学ばずに、
厳しさを正当化するような価値観でバスケをしていて、
そこから「NBA選手の凄さ」を知って、価値観が変わったからです。
 
 
怒鳴っていた指導者の人も、
選手に対して自由を与える考え方、
楽しみながら勝ちを目差す考え方を
学ぶ場がないことが原因であって、
「全ては教育で変えていける」と思いました。
 
 
とはいえ、その時は人生で一番悩みました。
 
おそらく、今を逃したらプロの世界には挑戦できない。
でも、今、自分が情報発信をしなかったら何も変わらないんじゃないか。
 
 
・・・その二つの選択肢で本当に悩みましたが、
プロの世界に関わっている人たちの情熱を知っていたから、
中途半端な気持ちの人が目指せるような場所ではないと思い、
今のような情報発信をするようになりました。
 
今は、それが自分の道だと思えます。
  
 
大学を卒業する頃、
「大学でやってきたことのまとめ」
みたいなことをする授業がありました。
 
教育学部の僕は実習も経験しているし、
友達は「スポーツスクールの手伝いをして子供たちにスポーツの楽しさを伝えた」
といった大学時代の活動について発表していました。
 
でも、自分にはそういった経験がなく、
ただひたすら、空いている時間に練習していただけ。
 
 
そこで、これからの目標ということで、
「インターネット上に、部活や学校に代わる教育機関を作りたい」
というようなことを話しました。
 
友達たちから、
「いや、今日はそういうのを話す授業じゃないよ!笑」
とからかわれたのは、今では良い思い出です。
 
 
それから数年経って、今に至ります。
 
 
こうやって振り返ってみても、
「あの時のあの決断がなかったら今はない」
って明確に言えるような分岐点がいくつかありました。
 
その一つは、確実に、
「プロに挑戦し続けるか、情報発信を続けるか」
という選択肢でした。
 
 
今、大学を卒業することに思い描いていたこと
  
スマホをもっていたら、誰でもバスケを上達できて、
なおかつ、バスケをすることで学校では教わらない学びを得られて、
バスケットボールを楽しんでいるだけで、人生の幅が広がっていく。
 
が現実のものになってきました。
 
 
僕は凄い実績があるとか、そういった事はないけど、
「凄い人たちを紹介して、人や情報が集まる場を作る」
という事をしてきて、それが自分の役目の一つだと今は思いながら活動しています。
 
「武学籠球」という活動をしている慎さん。 
「賢者籠球」という活動を一緒にしている鶴。
 
 
どちらも僕は学んでいる身ですが、
コミュニティを作ることで、新しい人が集まり、
理念があれば、新しい情報やアイディアが生まれます。
 
そうやって、学びを循環させていける場がインターネットで、
自分がたまたま大学時代から勉強していたコミュニティという考え方が、
過去の経験を活かして、多くの人が集まる場を作ることに繋がりました。
  
 
あの時、
「こんな場が減って、もっと楽しい場が増えてほしい」
と思っていたバスケが、今増えているのを見ると、
自分がやっていくべきなのは情報発信なのだと思います。
  
 
今、体系化されている二つの講座は、
いつから参加しても、数年後にも活きるような
本質的な学びを得られる講座として、これから先も進化させていきます。
 
内容に関しては、
これまで配信してきている動画やメール、
そういったものを見ていけばイメージが湧くと思いますし、
これらの動画だけでも、かなりの情報量が含まれています。
 
 
学校の勉強って、なかなか気が進まない
っていう人が多いと思います。
 
「本を読みなさい」
「勉強をしなさい」
と言われて、大事なのはわかるけど、
けど、なかなかやる気が起きない。
 
僕はそんな感じでした。
 
 
でも、バスケなら楽しいから、
学ぼうと思ったらいくらでも学べるはずです。
 
それなら、バスケを究めたらいいんだと思います。
 
バスケを上達させるために、
楽しくバスケを学んでいたら、
いつの間にか、日常にも活きる視点が学べて、
いつの間にか、何かを学ぶことが好きになっていた。
  
そんな活動をこれからもしていきたいと思います。
 
  
僕は僕で、情報発信に関する企画、
「一人ひとりの中に眠っている価値を見つけて、次の人に伝えていく」
というものを近々、行っていきたいと思っています。
 
 
今日は、僕の情報発信をするまでの経緯、
プロの世界での体験と今目指していることをまとめました。
 
それでは、今日はこの辺で。
 
 
ありがとうございました!

 

 

 

PS.

プロに挑戦するか、情報発信をするか

という選択は自分の人生の分岐点だったので、

そういう意味で記事の画像は「分岐点」にしました。

 

「人生は分岐点の連続」だと思う今日のこの頃。

(ドラマ『素敵な選TAXI』のセリフ)

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