スケートの指導者は見守るのみ。

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こんばんは、原田です。

 

最近、スケートの人と話したのですが、

バスケとは違うスポーツだからこそ新しい視点があって、

バスケを外から眺めることができて面白かったです。

 

バスケって、スケートみたいにタイムを競うものではありません。

 

相手がいて、相手との駆け引きの中でプレーしますよね。

あ、スケートというのはスピードスケートです。

 

スケートは、タイムを競うために、

めちゃくちゃ細かいところまで気を使って、

バイオメカニクスを駆使して動きを分析して、

データとして記録して、少しの動きを変えることで、

コンマ数秒を争うという凄くシビアな競技です。

 

それに比べて、バスケの場合は、

タイムを競わずに得点を競います。

 

どれくらい足が速かったとしても、

得点を入れることができなかったら勝てないし、

どんなに足が遅くたって、パスが上手かったりしたら、

それでチームの勝ちに繋がることだってあります。

 

本当にそこが面白いなと思います。

 

 

数字に表れない部分を評価される。

 

数字を追いかけることが好きな人もいると思うけど、

バスケットボールに関しては、そこが全てではありません。

 

 

で、スケートの場合は、指導者というのは、

練習の時に声をかけたり分析をしたりといった感じで選手に関わります。

試合中はコンディションをケアして声をかけたりしますが、

いざ試合が始まったらタイムとかを大声で知らせるくらいで後は見守っているのみです。

 

もう滑っちゃったら、声のかけようがありませんもんね。

 

 

で、そのスケートの友達も最近は小学生のスケートを教えているそうで、

ちょっと指導者という感じの話をしました。

 

僕はよく話しているように、

バスケで良い場が増やしたいと思って発信をしていて、

そのことについての話をしたところ、

「スケートでも同じように根性論的なのは多い」

みたいに言ってました。

 

どこもそういう場所が多いよねって。

 

サッカーでもバレーでも、

部活動というものや小学生のスポーツ現場でも、

どこもかしこも、そういう場が多いし、

そうじゃない場の方が珍しいのはどこも同じだよね

って話になりました。

 

だからこそ、発信していったり、

指導をしていく価値があるってことですね。

 

 

そのスケートの友達は、

「指導者って見守ってるくらいがちょうどいいよね。何かに対して怒ったところで、自分には関係ないというか、プレーするのは選手たちだし、誰かにやらされても楽しくないしね。だから、練習をタラタラやっていたりしても、『いいよ、私は。みんながスケート楽しめないだけだからね』っていう感じで伝えるかな。まぁそれに対して、冷たいとかそういう風に言う人もいると思うけど、プレーするのは選手たちだからね~笑」

って言ってました。

 

スケートの場合は、見守るしかできません。

滑り始めたら声をかけたところで止まれないし、

試合中に指示を出したところで聞こえないと思います。

 

だから、見守るしかない。

 

 

じゃあ、バスケは?

というと、バスケの場合は指導者の声が試合中に聞こえるし、

その声や指示を聞いて選手は動きを変えていけるようなスポーツです。

 

選手を導くのが指導者の役目なので、

声をかけたり、励ましたり、作戦を練ったり、

そういった声がけは必ず必要ですよね。

 

それが指導者ってもんです。

 

でも、試合中に声をかけるかどうか、

どれくらい指示を出すかどうかは考えどころです。

 

 

スケートほどではないけど、

結局、選手たちも試合に出たらプレーに集中をしたいし、

試合中に作戦を伝えても、すぐに実行できるかどうかはわかりません。

 

結局、試合前までの練習で勝負は決まっているようなもので、

試合中は練習で学んだ引き出しをどう出していくかを選手が楽しんで、

指導者はそれを「見守る」くらいがちょうどいいと思います。

 

バスケの場合は、声が通ってしまうから、

指示を出してしまうがちだけど、それで選手の自由を奪っていたら、

スケートリンクにいるような気分で見守った方が選手のためです。

 

 

見守ると良い循環が生まれます。

 

見守っているということは、

選手がどういうプレーをするのかを楽しめているということで、

その静かさが選手たちにとっては「安心感」に変わって、

「自分たちは信頼されているんだ」という雰囲気を感じ取ってもらえます。

 

そうしたら、選手たちは、

自分たちのエネルギーがプレーに全て注がれるので、

「今のはもっとこうした方がいいんじゃないか」

「ナイスプレー!」「ナイスパス!」

といった声がけが生まれてきます。

 

そのためにはオフェンスの型とか練習とかも必要ですが、

「監督、今何考えてるのかな…怒ってるのかな…」

とか考えているときとは全然違うエネルギー循環が生まれます。

 

 

誰かのことを気にしている場合、

「気」というのはエネルギーのことなので、

その気にしている人に対してエネルギーを使っている

ということになります。

 

それが「気遣い」ならいいのですが、

「何を考えてるんだろう…何をしたら正解なのかな…」

と顔色を伺ってプレーをしているのは気遣いではなくて、

単に、指導者が選手からエネルギーを奪っているということです。

 

谷沢が安西先生のことを気にしていたように。

 

 

「見守る」と「放任」は紙一重ですが、

きちんと練習中に選択肢と選択権を与えたら、

試合中は見守っているだけが一番です。

 

少し方向性がずれていたら修正するくらいがちょうどいいです。

 

それで仮に負けたとしても、

自分たちの実力を出して負けたなら、

それはどうしようもないことです。

 

そういった経験があれば、選手たちは、

自分たちに足りない部分が見えてくるので、

負けというのが次のエネルギーに変わります。

 

 

見守る指導。

 

選手たちが試合中に成長する姿、

練習でやってきたことを成功させる姿、

を見れるのは凄く楽しいですよ。

 

 

スケートは記録との戦い。

バスケは駆け引きをする遊び。

 

色んなスポーツの特性があって、

別のスポーツから学べることが沢山あって、

やっぱりスポーツって面白いなぁと思いました!

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