レナードにブーイングを送るファンから教えられたこと。

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レナードがスパーズを離れてから、初めてスパーズの本拠地に戻ってきたら、ファンはレナードにブーイングをした。僕もそれを見て「チームを優勝に導いたし、移籍したからってブーイングするのはなんかなぁ。第三者的な視点から見たら、ファンの熱い気持ちの裏返しみたいな感じでNBAだとよく見る光景だし、これはこれでNBAの一部なんだろうけど、でも、レナードからしたら気持ちいいわけないよなぁ」なんてことを思っていた。

 

そしたら、ポポビッチがこんなことを言っているのを発見。

「(ファンがレナードにブーイングしたことは)とても残念だった。彼は人格者だ。そして私達は誰もが人生の中で未来に対する決断を下すものだ、彼もみんなと同じようにその権利を持ってるんだ。」

 

僕らはNBAが発信している一部分しか見れていないし、

メディアが発信することが全て正しいとも言えません。

 

でも、どうしても

メディアしか僕らは頼る場所がないから、

メディアの発信を聞いてNBAを楽しんでいるわけですが、

 

少なくともレナードとポポビッチが犬猿の中で喋れないとかそういう感じではないみたいですね。

 

そして、このポポビッチの言葉はとても深いなと思いました。

 

 

レナードは、ただ人生の選択をしただけ。

 

たったそれだけですよね。

まぁファンからしたらいろいろあるでしょうけど、

とりあえず、そのことを置いて、

「一人の人間として考えると、」

という話をしていきたいと思います。

 

 

たとえばこれって、普通に考えたら、

「ちょっと自分の人生的に考えて、ここじゃなくて、あそこに引っ越した方が良いと思うから引っ越すわ」

って感じで、別の場所に引っ越したのと一緒ですよね。

 

当然、今のレナードがあるのはファンのおかげなのですが、

でも、だからといって、ファンの期待に全て応えなければいけないなんてこともありません。

 

だって、レナードの人生なんだから。

 

 

これはよく例えに出していますが、

スラムダンクの谷沢が鬼の安西先生の期待に応えようとするあまり、

自分の本来の目的を忘れて、

「くそーー!デビル(安西先生)を見返してやるー!」

と安西先生を見返すことがバスケをする目的になっていたのと同じように、

 

他人の期待にこたえ続けることは、

自分の人生を歩んでいることになりません。

 

常に、周りの目を気にしている状態です。

 

それは『嫌われる勇気』という本で言えば、

「他人から嫌われる勇気を持たないと、他人の人生を生きることになるよ」

っていうのと同じですね。

 

 

これは指導者でも当然いえることで、

 

白髪鬼の頃の安西先生みたいに、

「いいよ、別に。お前がそれで日本一の選手にならないなら。おれはしーらないっ」

と選手から気を引くようなことをしたら、

選手が歩むべき道を踏み外してしまいます。

 

気を引く行為というのは、エネルギーを取っているということです。

 

エネルギーとは意思とかのことで、

行動をするにも施行をするにも使います。

スマホの充電と一緒ですね。

 

指導者の役目は、一言でまとめたら、

「選手に対してエネルギーを与えること」

です。

 

選手がスポーツをして「楽しかった」「充実していた」と感じられること。

そして、そうやって高まったエネルギーで、次の行動ができて、

その行動から、また新しい出会いとか学びという次のエネルギーを得ていくこと。

 

それが指導者がやるべきことです。

 

 

鬼の安西先生みたいになると、

安西先生は安西先生で、谷沢からエネルギーを取ってしまっているので、

自分自身でエネルギーを高めているわけじゃないので、

いつまで経っても、安西先生自身もエネルギー循環を起こせません。

 

谷沢がいないと常にバッテリー切れだ!!

谷沢がいないとおれは指導者として威厳を保てん!!

 

という感じになっちゃいますからね。

 

 

そうなったら、安西先生は常に谷沢に依存している状態です。

当然、谷沢は谷沢で安西先生からの期待という枠から抜けられません。

 

どっちにとってもメリットがないという。

 

これでは「指導」とは言えないし、

「教育」とも当然いえませんよね。

 

お互いに損をしているのですから、

スポーツをしている意味がないというか、

普通に、対人関係でも良いことはありません。

 

 

大事なのは、自分でエネルギーを与えて、

そのエネルギーが返ってくることでエネルギーを高めること。

 

安西先生と桜木の関係みたいな感じです。

 

桜木に対して指導をすることで、

桜木が上手くなって、その姿を見て安西先生は、

「この上ない楽しみだ」って言ってますからね。

 

完全に良い循環が起きている証拠です。

 

 

自分からエネルギー(労力、時間など)を与えることは、

それだけ自分のエネルギーがなくなるということなので、

あまり自分の意志でやっていきたいとはふつうは思えません。

 

でも、指導者として選手を導くためには、

人生を良くするには必要なことですよね。

 

 

 

・・・話がそれた感じですが、

 

今回のレナードに対するブーイングって、

まさにこれと同じことが起きていると思うのです。

 

ファンとレナードの関係で考えたら、

(愛情の裏返しとしてのブーイングだと思うけど)

ファンは「レナード、変わるなよ!そのままでいろよ!(俺らの期待通りに残留してくれよ!)」

と思えば思うほど、それは相手に対して過剰に期待をしている状態になります。

 

ってことは、どういうことかというと、

逆に自分が変わろうと思ったときとかに、

「メンタルブロック」というものが発生します。

 

人生が変わるときって、ちょっとしたきっかけだったりします。

 

でも、そのちょっとしたきっかけは、

一瞬しか来なくて、なかなかそれに気づけないし、

気づけたとしてもメンタルブロックが働いて行動できない

ってこともよくあります。

 

 

たとえば、レナードを批判している人がいたとしたら、

 

その人は、顕在意識(思考)では、

「レナード、変わらないでくれよ!」と思っていたら、

それは同時に、潜在意識(表に出てこない深い部分にある意識)では、

「レナードが変わることを許さないなら、自分自身も変わっちゃいけないってことだよな」

っていう風に思います。

 

ようは、他人を制限する言動をしていたら、

それはイコール、自分を制限することになるということです。

 

 

よくあるのが、

誰かが何かにチャレンジしようとしたときに、

「そんなバカみたいなこと辞めろよ。恥ずかしいだろ。どうせ成功しないんだからさ」

と言って批判してしまう人です。

 

こういう人に限って、過去に自分で何かにチャレンジしたことがあって、

自分が失敗したことで誰かが成功するのを見るのが嫌になってしまっているんです。

 

「自分が成功しなかったんだから、君も成功しないでくれ」

って感じの気持ちが裏にあったりします。

 

それはそれで、そう思うのは自然なことだとは思いますが、

 

誰かに対して批判的な言動を送っても、

それは自分のメンタルブロックを強めるだけなので、

結果、自分の元に良くない影響が返ってきます。

 

変わっていく人を応援できなければ、

どんどん自分が変われなくなってしまいます。

 

 

ってことは、逆にすればいいわけですよね。

 

「いいね!レナードが人生の決断をしたなら、俺も人生を変える決断をしてレナードみたいに頑張るぞ!」

って思えたら、メンタルブロックがなくなって、

結果、自分の人生も変わるチャンスに巡り合えたりします。

 

だから、批判をしてもいいことなんてないってことですね。

 

当然、中には本当にその人のことを思って、

「その道はやめといた方が良いぞ!」って教えてくれる人もいるだろうし、

そういう人がいることには感謝しないといけないので、ケースバイケースです。

 

なので、一概にこれ!とは言えませんが、

とりあえず、批判しているとどうなるのか?

っていうことについて書いてみました。

 

 

よく、自分が何かに挑戦しようとしたときに批判して止めてくる人のことを

「ドリームキラー」なんていう風に表現する人もいます。

 

「ドリームキラーは人生を狂わせてくるから無視するのが良い」

っていうことをそういう人は言うわけです。

 

確かに、それはそれで良い方法ではありますね。

 

実際に自分が変わろうとしたタイミングは、

一番周りからの反発をもらう時と言えるので、

それだけ、自分のブレない軸がないと変われません。

 

 

ただ、さっきも言いましたが、

その引き留めている人の中には本当に良い想いで引き留めている人もいるわけで、

そういう可能性を全部ゼロにして「ええい!うるさい!!」ってしてしまうのはどうなんだろう。

 

と思うので、

僕ならそんなドリームキラーと言われる人が来たら、

 

「自分がチャレンジしようとしていることが本気かどうかを教えてくれる有難い存在」

 

だと捉えて普通に話すと思います。

 

 

ドリームキラーに止められてしまうような行動は、

本当に自分が心からやりたい、自分しかできない、人の役に立つために自分がやるべきだ、

と思えているようなものではないのだと思います。

 

例えばそれは「夢」と言われることとかですね。

 

ドリームっていう言葉が使われているのでややこしいですが、

英語圏の「dream」には「志(他人の役に立つ自分の目標)」と「夢(自分のためだけの目標)」が含まれていますが、

 

日本語で言う「夢」の場合は、たとえば、

「豪邸に住んで、一生自由にのんびり暮らしたいんだ!!」

みたいなものを夢と呼んだりします。

 

これは自分がただやりたいことを言っているだけで、

それが誰かの役に立っているのかと言うとちょっとわからない例で、

多くの場合は、本当に心から自分がやりたいこと言うよりは、

何かすごく嫌なことがあって、それからただ逃れたいだけだったり、

誰かのそういう生活に憧れて、ただその生活を羨ましがられたいという気持ちから来ていたりと、

本来の自分の道だとは言いにくいものがあります。

 

当然、イチローとか本田みたいに、

「自分の好きなスポーツを極めて、世界で活躍する」

ということが夢である場合があるし、

それが結果として、多くの人に価値を提供するものになることもあります。

 

 

そんな感じですかね。

 

そういえば、このブログに対しても、

たまーーーに、批判的なコメントが来ます。

本当にほとんどないし、これまでメルマガとかを書いていても、

一人くらいからしか、そういう返信をもらったことがないのでほぼないんですが、

 

そういうコメントをもらったこともあります。

 

でも、僕は別にその人とはやり取りはしません。

「いや、逃げてるだけじゃん!」って思われるかもしれませんが、

僕はたぶん、その人とちゃんと対話をしていけば分かり合えると思っているし、

アンチみたいな考え方はないので、普通に、ただ違う視点を教えてくれているんだなぁ

って気持ちで接しているので、そんな露骨に嫌がるわけではありません。

 

でも、別にそんなに対話をすることもしません。

 

それはどうしてかといえば、

お互いの時間がもったいないからです。

 

僕は僕が発信したいことを発信して、

そこに対して「面白い」と思ってくれる人がいるから、

その人たちに向けて、自分ができることをしているだけで、

 

僕が「この人に読んでほしい」「この人は読まないでほしい」って、

読者を選ぶようなことはできないし、それは時間がもったいないからです。

 

それに自然ではない。

 

僕の発信を見ていて、

「何がNBAだよ。NBAに行ったこともないやつが何か語ってんだよ」

って思う人も当然いるだろうし、

僕の発信内容がつまらないという人もいるでしょう。

 

でも、そんな全ての人にうける発信なんてないし、

それをしていたら、自分の個性すらもなくなってしまうので、

それは結局、誰も得をしないし、つまらない世界にあるだけです。

 

だから、僕は自分が思うことを発信していこうと思います。

 

 

そして、誰かが変わろうとしている時、

誰かが失敗をしたり、誰かが大きく変化したとき、

素直に応援できる人間でいたいなと思っています。

 

レナードへのブーイングは、それまでスパーズに貢献してくれたレナードへの感謝の裏返しだとも思うし、

今はあんな感じだけど、もしかしたらレナードが引退する頃にはスタンディングオベーションで迎えられるかもしれないし、

そういう風に考えたら、あのブーイングも悪いことでは決してないのかなとは思います。

 

 

今回、こうしてこの記事を書けたのも、

ファンがブーイングをしてくれたおかげですしね!笑

 

そんなわけで、レナード、応援してます。

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