【第一話】キッコーマンの箱と「玉入れ遊び」

【第一話】キッコーマンの箱と「玉入れ遊び」←今ココ

【第二話】「きつい練習をしないとダメなんだ。」

【第三話】「才能がないなら練習量で勝負だ!」

【第四話】量質転換~「NBAって凄いんだ…!」~

【第五話】プロの世界と迷い

【第六話】古武術との再会

【最終章】新世界へ

 

 

僕は、田んぼと山が囲まれた田舎で育ちました。

 

ザリガニやカブトムシを捕って飼ったり、

夜は、カエルの合唱(鳴き声)を聞きながら寝てました。

 

 

両親がバスケをやっていたわけでもないのですが、

兄弟がミニバスに入ったことがきっかけで、僕も自然とバスケに関わるようになって、

ミニバスに初めていったのは小学校4年生の頃でした。

 

 

当時は、家にゴールがなかったので色々なものをゴールに見立てていました。

 

家の駐車場にあった電灯向かってシュートを打ったり(もちろん壊れました。笑)、

電柱に向かってシュートを打って真っ直ぐ跳ね返ってくるように遊んだり、

雨の日、洗濯籠を階段の上に置いて丸めた靴下を投げ入れるなんてこともやってましたね。

 

 

最終的に行き着いたのが、これです。

 

 

 

 

 

いやー、なんか凄い写真。

 

ちょーど光の加減で背景が真っ白になってるし、

なんだか時代を感じるような写真で田舎なのがよくわかりますね。笑

 

 

これは、2001年の写真なので今から15年前のもの。

 

 

この写真の通り、バスケットゴールが家にあるわけではなかったので、

脚立とサッカーボールとキッコーマンの箱を使って「仮想バスケゴール」で遊んでいました。

 

 

この頃は、小学5年生。

 

地面はガタガタとしているからドリブルはイレギュラーにはなるし、

そもそも地面が土なのでボールも弾まないし、ゴールはやたらと狭いし、

ボードは一枚の板だからほとんどないようなものだし…という環境でした。

 

なかなかの難易度です。笑

 

 

でも、そんなことに対して

「ちゃんとしたゴールじゃないじゃん!」

なんてことは一切考えずに夢中で遊んでいました。

 

ルールもなく、ただひたすらゴールにボールを入れるだけに集中して。

 

 

 

この写真を見るたびに、あの言葉を思い出します。

 

『タマ入れ アソビ部 なんかよ!!!』

 

 

スラムダンクの1巻。

 

桜木が晴子に振られたと勘違いしているところに、

バスケットボールが飛んできて、バスケを侮辱している場面ですよね。

 

子どもの頃、こうやって僕はバスケをしていたので、

バスケは深くて面白いし、様々な戦術とか技術とかがあるんですけど、

それらを全部削ぎ落としていったら、「玉入れ遊び」だなぁと思うことがあります。

 

…赤木キャプテンに怒られてしまいますね(笑)

 

 

 

そんなこんなで小学5年生からバスケをしています。

 

ミニバスにも入り、地元に友達が増えていって、

バスケにはまりだしたとき、ちょうどNBAを見ることになります。

 

 

当時は、もちろんスマホもない時代。

 

パソコンも一家に一台ですし、通信制限も遅いし、

そもそも検索をしたとしても動画はほとんどない時代です。

 

NBAを見る手段は、深夜のBS1放送のみ。

 

毎日、朝起きて朝食を食べる前に新聞を手にし、

一目散に裏面にあるテレビ欄を開き、

「NBA」という三文字だけを探していました。

 

そして、欠かさず録画をして次の日に鑑賞。

 

 

小中学生なりに撮り溜めたビデオテープは、未だ捨てられず残っています。

 

凄いプレーがあるたびに、テレビの前で真似をして、すぐに外にある仮想ゴールでNBA選手になりきっていました。

 

もちろん、頭の中だけの話ですけどね(笑)

 

 

 

一番最初に好きになったのは、Bobby Jackson

 

スーパースターでは全くなく、マイナーな選手です。

 

当時は、サクラメントキングスに所属していたガード。

Bobby Jacksonは、2002年の6thマン章を受賞して、

得点力があり、ゲームの流れを変えるところがカッコ良くて憧れましたねぇ。

 

NBAを最初に見た印象は、

「テレビゲームでも見ているような感覚」

だったと思います。

 

 

フリーのシュートがほぼ100%入る。

 

なんだこれ(笑)状態でした。

 

 

現実世界で、あんなプレーをする人がいるとは信じられなかったので、

夢でも見ているかのような感覚で「同じ人間とは思えない」ってやつでしたね。

(まぁそんなことも考えることなく夢中になっていたと思いますけど。笑)

 

見よう見真似でNBA選手の真似をして、

頭の中だけはNBA選手になりきってバスケの練習。

 

当時から今でも変わらず、

「NBA選手みたいにバスケが上手くなれたら楽しいだろうなぁ!」

という気持ちでバスケをしています。

 

中学に上がって部活動に入っても、その熱は相変わらずで、

NBAを見ては真似をして、学校帰りに自分の家に友達を呼んで、夜遅くまでバスケをしていました。

(狭いコートなのに2対2をするようになり、壁にぶつかって骨にヒビが入った友達もいました。笑)

 

 

双子の兄弟とはよく「100点ゲームの1対1」をしていて、

ファールかファールじゃないかの喧嘩をして家に帰ったら、

どちらも「(自分が)勝ったよ!!」と言って親に報告をしていました(笑)

これがその時の記録の一部。

 

136対100という超ハイスコアもあるんですが(笑)、

ここには書ききれないくらいの数の1対1をして、

それの半分くらいの数の喧嘩をしてバスケをしていました。

 

 

 

こうして、僕は

仮想のバスケゴールとNBAのおかげで、

「遊び」としてのスポーツを始めることになります。

 

 

「遊び」としてのスポーツとは、

勝敗とかルールと華に縛られず自由なものです。

 

言葉で表すなら、

・時間も空腹も忘れて夢中になる

・他人と比べて優劣を決めることなく遊ぶ

・ルールや枠に囚われず、自由な発想で遊ぶ

という「玉入れ遊び」。

 

 

このまま自由に楽しみながらバスケをして!

 

 

 

 

 

 

…と、なるかと思いきや、

ここから僕にとっての長~い「闇」の時期に入ります。

 

あんなに柔らかかった頭(思考)は、どんどん固くなり、

それに比例する形でプレー(動き)も固くなっていき、

脚立とサッカーボールとキッコーマンで作られた仮想ゴールは、どこへやら…。

 

 

 

子どもの時に知った「遊び心」は、どこかに行ってしまいました。

 

 

それは、僕がチームのキャプテンを務めるようになった中学二年生の話。

 

 

とあるチームの練習に参加したことがきっかけでした。

 

 

・・・(続く)

 

【第二話】「きつい練習をしないとダメなんだ。」

RETURN TOP